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ポル・ウナ・カベサ 動画集

映画の 「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」 (1992) や 「シンドラーのリスト」 (1993)、「トゥルーライズ」 (1994)、「Shall We Dance?」 (2004)、「オール・ザ・キングスメン」 (2006) などで使われたタンゴの動画集です。
ポル・ウナ・カベサ (ポル・ウナ・カベーサ) は、競馬用語の 「首(ひとつ)の差で」 を意味する。カルロス・ガルデル (1890 - 1935、アルゼンチン人) が映画 「タンゴ・バー」 の挿入歌として作曲したもの。 ‐ Wikipedia
Carlos Gardel's Tango 'Por una cabeza', YouTube

* マーク・アンドレ・ゴチエール (ヴァイオリン) 3:39
Marc-André Gautier
* レーピン (ヴァイオリン) 4:13
Vadin Repin
* ローラン・コルシア (ヴァイオリン) 4:01
Laurent Korcia
* リチャード・ギアとジェニファ・ロペス 3:45
Shall We Dance?
* シンドラーのリスト 2:37
Schindler's Tango
* アンドレス・カラマーロ (歌) 4:31
Andrés Calamaro
* 浅田真央 (2009年、ロサンゼルス) 3:25
Mao Asada - 2009 World Figure Skating Championships
* タンゴ・プロジェクト 7:02
performed by The Tango Project
* 歌手でもある作曲者がこの曲を歌う 2:31
Carlos Gardel sings
* Tango band at milonga, Złota Milonga Club 2:51

* Brilliant instrumental arrangement 4:48

* Franklin Ruque Violín 4:12

* Alberto Petri 3:18

PorunaCabeza_86.jpg
*************** 参考:
この曲のPDF楽譜サイト (楽譜をクリックするとダウンロードできます。
注: 2、3、4段目の調号がぬけている!
臨時記号にもミスがあるようです。上の楽譜と比べてください。)

PDF sheet music site of this song :
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Por_Una_Cabeza_(Cuerden_edition).pdf





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テーマ:映画音楽 - ジャンル:映画

コメント

穿った見方かもしれませんが

こんばんは。

>どうも立花さんは人間の主観や精神は、訳のわからない反応をする場合があるから注意しなければならない、と思っているのでは…

あるいは、学識者や専門家が音楽・文学について、アカデミックでペダンチックな言説を垂れ、「高級な芸術は一部の知的エリートにしか理解されず、オマエらのような無知な素人やボンクラには分かるまい」と主張する…そして、こうした学識者の言説をありがたく盲目的に拝聴し、分かったような顔をして感激をしてみせる「俗物」に対する皮肉や警告を立花氏は発しているのでしょうか?

小林秀雄の評論文を私は好きですが、時には「モーツァルト」「西行」等に、上記のような知識人特有のイヤラシサを感じ取ります。「小林氏は芸術を鑑賞しているのではなく、鑑定しているだけだ」との批判があったのもその辺りにあるのかもしれないですね。

芸術にはそうしたイヤラシサのようなモノが付きまとうのも事実です。

オペラの公演に行くと、高価なドレスや着物をお召になったマダム?が少なくないのですが、ああいう雰囲気、私は鳥肌が立ちます。

「女学者」「人間嫌い」等でモリエールが皮肉った「社交界?」のようなものは今の日本にもあるのでしょうか。

別に高価なドレスがイケナイ、というわけではないですけどね。。。

自戒の意味を込めれば、肩肘を張らず、かしこまることもなく、もっと自然体で、自分の感覚や感情、思考を素直に発して行きたいと思います(^。^;)

  • 2012/04/11(水) 00:57:22 |
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主観や精神は要注意 … 3回目の改訂版

どうも立花さんは人間の主観や精神は、訳のわからない反応をする場合があるから注意しなければならない、と思っているのではないでしょうか。例えば恋する時などに。
ポール・ヴァレリーのそういう考え方が著書、『脳を鍛える』で紹介されていました。

(ベートーヴェンやシューマン、ショパンなどのロマン派の作曲家たちが勝手なことをやったから、音楽の構造上の明快さや意味の直接性が失われた。『答えのない質問』)
あのバーンスタインの言葉から思いました。
18世紀頃までの作曲家はまだ職人的な要素が強かったので、習慣的に注文主や観客の趣味に合わせて作品を作る傾向が強かったのに対し、それ以降の作曲家は自分の世界に閉じこもって個性的な音楽を作るようになったために、立花さんの言うように、「自分こそ正しいと思うことだけを勝手にわめき合っている」ような音楽ができてしまったのではないでしょうか。

音楽作品の場合、作曲家と演奏家、それに聴衆という3種類の分野の人たちがいて初めて、その音楽活動が実践されることになります。(作曲家と演奏家が同じ場合もありますが。)
昔の音楽家は職人であったために、いくつかの作品が主観的な表現になり過ぎないで普遍性を帯びることになり、かえってよかったのかもしれないと思いました。
(まだまだ模索中ですので、断定し切れませんが。)

  • 2012/04/10(火) 21:33:24 |
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  • mirusekai #/p1nTf8Q
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機能美

その花が、あの山が美しいか否か、というのは感覚・視覚の世界ですから、立花氏の主張するように、理屈は無用、好き嫌いに議論の余地は無いでしょうね。

例えば「機能美」というのがあります。

体操競技の一流選手達の試技を見て、私達は美しい、と感じます。体操競技は何ヶ国で行われているのか知りませんが、かなり広く行われていると思います。

そして、どの国の人達も体操選手の試技に「ほとんど同じような美しさ」を見ていると思うのです。そうでなくては競技として成立しないでしょう。

体操競技は自然界に存在するものではなく、どこまでも人工的な世界です。

両足のつま先まで真っ直ぐに伸びた美、旋回やひねり技における無駄の無い動きとフォーム。こうした所作は「機能美」だと思うのです。

例えば、私は鉄道には全く興味はありませんが蒸気機関車の構造といいますか、あの形を「美しい」、煙を吐きながら躍動する姿を「美しい」と感激する鉄道マニアの人達は少なくありません。

そして、私は「アレは一種の機能美であり、主に男性が美しいと感激するのは理解出来る」のです。

これらは感覚や視覚の働きもありますが、それ以外に私達の「理性」が美しさをキャッチしていること、自分は否定的であっても「他人が美しいととする」ことに思いを馳せる「判断力」があること…つまり、そこには美に対する一定の「合理性」「共通項」「法則性」が存在しているように思うのです。

体操の下手な人のヨレヨレの試技を見て、美しいとは思わない。バラバラに分解された蒸気機関車の残骸を見て、美しいとは思わないですね。

いや、「私はバラバラに分解された残骸に美を感じる」という人間がいることを否定はしませんが、例外をもって一般化は無理があるでしょう。

人工的に巧みに精緻に作り上げられ、鍛え上げられ、磨き上げられた構造物や運動に「機能美」を感じるように人間は出来ているのではないしょうか。

これを「好みの問題、人それぞれです」と切捨てるのは、いささか無理があると私は思います。

続く。

  • 2012/04/10(火) 00:43:41 |
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文芸賞の審査員

立花氏が文芸賞の審査員…。
あの方は本当にスーパーマンみたいな人だから、状況がどうであれ、何でもできてしまうのかもしれませんね。

芥川賞の審査員の講評を雑誌で何回か見たことがあるのですが、全くばらばらな意見が書かれていて、よく受賞作品が決められたなあと思った時もありました。書く方も大変でしょうが、選ぶ方も大変でしょう、きっと。

オウム真理教事件の後、立花さんは大学の後輩たちがだまされたので、かなり変わったのかもしれません。今はオカルトめいた事には全くハマっていません。(インタビューをされる時は、相手の話に合わせながら話を引き出すのが普通だとおっしゃっていたので、立花さんの本心はわかりにくいかもしれません。)

彼の本は難解なところがたくさんあって苦労して読んでいますが、とても刺激になります。薦めておられる本などを是非一度ちらっとながめ直してみてください。
彼がいなければ日本の政治や大学はもっとひどい状態になっていたと思っているのですが。

  • 2012/04/09(月) 00:23:40 |
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  • mirusekai #/p1nTf8Q
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こんばんは

mirusekai 様が引用されたアルゲリッチのエピソードは私も何かで読んだ記憶があります。

ただ、アルゲリッチがコンクールの審査について、どんな基本的考えを持っているのか、芸術についてどのような考え方を持っているのかを私は知らないので何とも言えません。

私が申し上げたかったのは「自然科学以外は考えても本当のところはわからない。個人個人がただ楽しむものでしかない」という意見(これ自体は耳を傾けるべき意見ですが)を持つ立花氏が平気?で文芸賞の審査員を勤めることに、非常に疑問を抱いた、ということなんです。

たしか、5人なら5人の審査員が推薦作をいくつか持ち寄り、喧々諤々議論して、2つか3つに絞り込んで行くそうですね。

しかしながら、立花理論で行けば、議論すること自体、まったく意味が無いはずですので、後は黙って多数決でやれば良い、ということになります。

そもそも、立花氏の「臨死体験」に関する本やスプーン曲げを信じるような発言を読み、過去の優れたルポタージュはともかく、今はオカルトめいた事にハマっているらしい立花氏を私は苦手にしています。

>ダリのパン籠

面白いですね~^^
実験的な絵でしょうか。これが「芸術絵画」かどうか、私には今のところ、意見を述べるほどのモノがありません。何とか自分が語れるもので意見を述べてみたいと思います。

あまり、論理的に整理出来ないまま、思いついたまま、になると思いますがご容赦を<m(_ _)m>

  • 2012/04/08(日) 01:17:28 |
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ダリのパン籠

アルゲリッチがショパン・コンクールで審査員をしていたとき、ポゴレリチが予選通過できなくなり、そのことが納得できなくてコンクール途中で逃げ出した話を思い出しました。
コンクールなんて審査員が主観に基づいて採点するのですから、審査員の構成が変われば審査結果も当然変わってくるものだし、まともな人なら誰も審査結果が絶対的なものだとは思っていないでしょう。

> 精神的作用は、同じなのでしょうか?
いろいろな見方があると思いますが、自然と絵画を同じ見方で見る場合もあると思います。
音楽も自然の美しさと比較してもいいでしょう。例えば、ビゼーのローマの場合とか。
西洋の絵描きは自然と張りあっていたと思いますよ。空気まで描こうとしていたし。

ある春、私は赤いチューリップの色がものすごく鮮やかだったので、驚いてしまい、どんな絵の具でもこの色は絶対に出せないと思ってしまいました。つまり現実と絵を比較して。
その(安い球根の)チューリップの色彩だけがその時の驚きの原因ではなかったかも知れません。その時の光線(紫外線)の具合とか、いろいろ他にあったのかもしれませんが。

ファン・エイクの写実力も全くすごいですし、ダリも確か、「写真みたいに現実そっくりに描け」と言っていたと記憶しています。
ホックニーはある本(『秘密の知識 巨匠も用いた知られざる技術の解明』)で、実験しながら今大人気の画家、フェルメールは、大きな針穴写真機みたいな装置を使ってまでして、写真みたいに正確な絵を描きたいと思っていたと主張しています。
ダリのパン籠(Corbeille de pain 1945)の絵もすごいです。見たら絶対にびっくりしますよ!…↓
http://plaza.rakuten.co.jp/ranpapa/diary/200608280000/

自然科学以外は考えても本当のところはわからない。個人個人がただ楽しむものでしかない、という意見はとても興味深いので、大問題ですがもう少し考えてみたいと思います。
いろいろな方が何かサジェストしてくれるとありがたいのですが…!!

先日、民放の某テレビ番組を見ていたら、何人かの学者が、「思い込み、というのも大切で、科学などが進歩してきたのも、思い込みや自分を高めたいという意欲が大きく影響してきている」というようなことを話していました。
この説も、聞いて楽しむべきものでしかないのかもしれませんが。

  • 2012/04/07(土) 11:06:21 |
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  • mirusekai #/p1nTf8Q
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美しいと感じる作用

>>野に咲く花を美しいと観賞するように。
こんなことを、こんなにはっきりと断言している人が他にいますか?

立花さんは文学賞の審査委員もなさっているお方ですね。
そのような人で「はっきりと断言している人」はいないかもしれませんね。

すると、立花さんは好き嫌いで受賞候補を選び、審査をしているのでしょうか?(苦笑)


野に咲く花を美しい、富士山を美しい、摩周湖は美しい、原節子は美しい、…そうです!!

それらを美しいと感じることと、ルノワールやモネの絵画を美しい、モーツァルトの音楽を美しい、源氏物語を美しい、と感じる精神的作用は、同じなのでしょうか?それとも異なる作用なのでしょうか?

こうしたことも、mirusekai様の問いに私が拙くもお答え(っておこがましいのですが)する、あるいは逆に問いつつ、アレコレ楽しく考えてみたい事のひとつです(#^.^#)

ではまた(o・・o)/

  • 2012/04/05(木) 23:45:45 |
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野に咲く花

立花さんは芸術だけでなく、哲学も自然科学以外は何もかも、考えても本当のところはわからないと言っているようですよ。それらは、個人個人がただ楽しむものでしかないと。
つまり、野に咲く花を美しいと観賞するように。
こんなことを、こんなにはっきりと断言している人が他にいますか?

前回引用した立花さんの言葉:
理論に普遍性を求めるのは自然科学だけで、文科系の学問にはもともと普遍性など存在せず、みんな自分こそ正しいと思うことだけを勝手にわめき合っているのだということがわかってきた。そう思うと、フロイトの主張も、それが普遍的真理かどうかなどあまり気にせず、ちがう作家の文学作品や音楽作品、美術作品をそれぞれ楽しむように楽しめばいいのだと割りきって楽しめるようになった。『ぼくらの頭脳の鍛え方』313頁

立花さんの本は読むと本当におもしろいです。私にはモーツァルトのディヴェルティメントが持つ魅力に大分近づいているように思えます。だから気になるのですが。

前に書いたバーンスタインの意見も似たような内容でしたね:
ベートーヴェンやシューマン、ショパンなどのロマン派の作曲家たちが勝手なことをやったから、音楽の構造上の明快さや意味の直接性が失われた。『答えのない質問』

ベルリオーズも回想録の巻頭と巻尾で、2回も似たようなことを書いています:
人間の一生は動きまわる影にすぎない
あわれな役者だ 出場のときだけ舞台の上で
みえを切ったり 喚いたり
そしてたちまち消えてゆくのだ
白痴がしゃべる物語も同然
響きと怒りは すさまじいが
なんの意味も ありはしない(シェイクスピア『マクベス』から、丹治恆次郎訳)

レーモン・クノー (私が好きなフランスの詩人で小説家) も小説の中で似たようなことを言っています:
この世界については結局なにひとつ知りえない。人間とは要するに何かしらぬものに永遠に弄ばれているものにすぎぬのであって、自分が何かということすらついにわからないであろう。(中央公論社 『新集 世界の文学 43 クノー ベケット』516頁)

クノーは大変な時代 (第1、2次大戦など)を生き抜いたので、情勢が本当のところどうなっていたのかわからなかったのでしょう。
日本の終戦時の状況も最近になってようやくいろいろと明らかになってきたくらいですから。

立花さんの論理では、文芸評論や音楽評論などもそれぞれ、勝手な個人的見解でしかなくなりますね。
彼はモーツァルトの宗教音楽をほめています。ということは、モーツァルトの音楽の魅力、我々におよぼす力を信じている訳ですね。小説は読まないし、宗教は全く信じないそうですが…。

こうなるとつまり存在価値を信じる (認める) か、信じないかという違いになってくるのでしょうか?

立花さんは汚い政治の世界を見てきたので、確信の持てるものだけにしぼりたいのでしょうか?

  • 2012/04/05(木) 19:11:32 |
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  • mirusekai #/p1nTf8Q
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科学と芸術

こんばんは。

>演奏家に、演奏後、説明してくれと言っているようなものですよ

さすが、鋭いご指摘です。特に不本意な結果に終わった選手にマイクを向け「今のお気持ちは?」「今回の演技を自分ではどう思われますか?」との陳腐な質問をするのは愚の骨頂ですねヽ(`Д´)ノ

私なら「演技(演奏)を見なかったの?それが全てよ」で終わりネ。

立花隆さんの発言は昔からよく見られる内容で、特に卓見でもないですね。
議論の尽きないテーマですけど('∀`)

これは、科学が(非個性的な)普遍性の次元にあるのに対し、例えば、芸術の世界は人間の判断の自由な次元とする主張です。

つまり、芸術の世界は直接体験的な聴覚、視覚、感情の相関的働きであり、趣味と同じであるから、思索する意味は無いとする主張ですね。

音楽で言えば、バッハの音楽も子供向けの童謡も同じ地平線に並べられ、後はその人の聴覚による感覚と感性で相対的に決めれば良いということになります。
早い話しが、どちらが優れた音楽か、どちらに芸術性があるか、そこには正解は存在せず、誰にも決められないことであり、好みの問題にすぎないと。


1.泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず

2.桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける  

1.は幕末・維新の歴史で引用される有名な狂歌。
2.は古今和歌集から紀貫之の短歌です。

この二つの歌を較べ、「どちらに芸術性があるか、どちらの歌の方に美や感動があるか、正解は無いし、決められない」とする主張に説得力があるかどうか、ですね。

長文になりましたので、また後に続けますね。

  • 2012/04/03(火) 20:58:46 |
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文科系の学問には普遍性など存在しない!?

浅田選手、残念でしたね。
それにしても、あの演技後のインタビューは何とかならないものなのでしょうか!?
外国のメディアもやってるのですか??絶対にやめさせたいですね。

演技の内容がよくわかるようにTV局は、サービスでやってるつもりでしょうが、わからない人には(私もよく理解できていませんが)もうそれでいいのではないでしょうか?
選手は全力で演技し終えたのでしょう!
演奏家に、演奏後、説明してくれと言っているようなものですよ。

相撲では金星の勝者に取組み後、感想を聞いています。
サッカーでも、ナイス・プレイをした選手に話を聞いています。
スケートも、勝者インタビューだけにさせたいです。
TV局は何も考えないでやっているように見えて、変ですね。

古楽器演奏は今や、ベルリン・フィルやウィーン・フィルなどの演奏方法にも影響を与えているようですよ。
http://www.jouhoumou.net/~au-saga/salieri/beeth5_note.html
http://www.yo.rim.or.jp/~mitsuyu/syrinx/Syrinx35/Takahashi.htm
バルトリなどの大歌手も、古楽器グループの伴奏でヴィヴァルディの名演奏などを残しています。

今回は、モーツァルトの宗教音楽がすばらしいと言っている立花隆さんの次の発言について聞いてみたいと思います。(『ぼくらの頭脳の鍛え方』文春新書、313ページ)
「理論に普遍性を求めるのは自然科学だけで、文科系の学問にはもともと普遍性など存在せず、みんな自分こそ正しいと思うことだけを勝手にわめき合っているのだということがわかってきた。そう思うと、フロイトの主張も、それが普遍的真理かどうかなどあまり気にせず、ちがう作家の文学作品や音楽作品、美術作品をそれぞれ楽しむように楽しめばいいのだと割りきって楽しめるようになった。科学としてはエセ科学でも、面白くて楽しめるエセ科学があるものだと思えばいいのである」

こうなると音楽を話題にする場合、どういう意見がまともで、どういうのが間違いだと永遠に区別できないということになりますね。どう思いますか?
我々が話し合っていることに意味はあるのでしょうか?

  • 2012/04/02(月) 22:55:58 |
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こんばんは。

ロシア人ぽい件、レスありがとうございます。
mirusekai 様はフィギュアスケートのこと、かなりご存知じゃないですか~^^

海老沢さんや高橋英郎さん、そして大御所の吉田秀和さんには翻訳ものやレコード・CDの解説等でお世話になっています^^

15年くらい前に、東京麻布の教会で有名な「ミサ曲ハ短調k427」の演奏を聴きに行った時に、高橋さんに初めてお目にかかり、少しだけお話しをさせて貰ったことがあります。何を話したかは忘れてしまいましたが。

「古楽ブーム」みたいのが一時流行り、なるべくその時代の演奏法やその時代の楽器で演奏する指揮者がかなり人気になりましたね。

アーノンクールの39番は、私にはピンと来ません(^。^;)
41番は割合と聴けますが。

モーツァルトが聴いたらどう思うか…卒倒したりして(^<^)

日本の古典文学も、その多くについて藤原定家が原文から「平仮名」を平安末期風に「転記」したために、はたして、古今和歌集や土佐日記等が今の私達が読むのと全て同じ言葉や発音であったか、不明な部分がかなりあるようです。

紀貫之が生き返て読んだら、卒倒するかも^^;

私はモーツァルトの芸術性が最も発揮されているのは協奏曲でも交響曲でもオペラでもなく、宗教音楽と思っています。
協奏曲やオペラは大好きですが、モーツァルトが「俗っぼさ」に擦り寄っているのをとても感じます。(それが悪いというのではないです)

私個人の尺度では名作は「レクイエム」「ミサ曲ハ短調k427」「ヴェスペレk339」等ですが、十二歳の時に作曲した「孤児院ミサk139」も素晴らしいです。

そして、これも一種の宗教音楽の名作と思います。

フリーメイソンの為の葬送音楽k477
http://www.youtube.com/watch?v=HMbgTGfYZrY
ブルーノ・ワルターの演奏こそこの音楽を深く優しく捉えた名演と思います。

  • 2012/03/31(土) 21:34:04 |
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浅田選手がんばれ!

ロシア人ぽく見えたのはご想像通り、指導者がロシア人だったからでしょう。
安藤選手や、ラフマニノフで演技した時の浅田選手の気品ある姿勢や動作は、ロシア人の体操選手とかバレエリーナそっくりに見えました。
ヴァイオリニストでも欧米で修行したアジア人(例えば、ニン・フェン)などの演奏が、全くヨーロッパ人みたいに聞こえることがありますね。
こういう状況では、オリンピックみたいな国別対抗のイベントは、だんだん意味がなくなってくるのではないでしょうか。
この間大活躍した、ドイツ女子サッカーのオコイノダムバビ選手は、ドイツ人とは言っても、父親はカメルーン人で母親はフランス人でしょう!?
ニン・フェンの動画集
http://mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-505.html
オコイノダムバビ選手 画像集
http://mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-1068.html

モーツァルトをたくさん聴いておられるそうで、海老沢氏はきっと喜ばれると思います。私も嬉しいです。
でも、モーツァルト本人はどうなのでしょうか?
今の時代の演奏を、モーツァルトはどう思うのか知りたいですね。
何しろあの時代の演奏がどんなだったか、誰もわからないのですから。テンポ、前打音、装飾音符の奏法など。
アーノンクールの39番のメヌエットを聴いて、びっくり仰天しました(速い!!)が、モーツァルトは平気なのでしょうか??どう思うのか本当に知りたいです!

いろいろ教えていただいた曲、いつか聴いてみます。ありがとう!

今、『円高の正体』という本を苦労して読んでいます。藤巻健史氏とは正反対のことを言っておられるようです。

  • 2012/03/27(火) 23:15:46 |
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ロシア人ぽい、とは^^

こんばんは。

>シュニトケのタンゴはいいと思いましたか?

ご存知と思いますが、このタンゴの原曲はシュニトケ作曲の「二つのヴァイロリンの為の合奏協奏曲1番」第五楽章・ロンドの中途に間奏曲風に奏でられるものです。しかし、曲そのものはピンと来ませんね。

>そういう視線で見ると、日本人の演技もロシア人ぽく見えてくることがあります。

これ、とても興味深いのですが、何故ロシア人ぽく見えるのか教えて欲しいです(^<^)

クラシック音楽の世界で、もしかして私がmirusekai様よりも知っている?可能性があるのはモーツァルトとルネサンス時代周辺の音楽くらいかもしれませんね(^^ゞ

モーツァルトは「600曲制覇!」などといきがって、マニアックに聴きまくったことがあります。まあ、600曲はさすがに無理でしたが^^;

これ、ご存知でしょうか。
オルランドゥス・ラッススのモテット「恐れと震えが(Timor et Tremor)
http://www.youtube.com/watch?v=U3J4myJxv2o

半音階が多用されて、クロマティックな動きが時には無調音楽に聴こえることもあります。ユニークなモテットで私は好きです。

ルネサンス時代の巨匠オケゲムと同時代のシャンソン作曲家、ジル・バンショワの「いつまでもやはり(De plus en plus)
http://www.youtube.com/watch?v=PjwxWnnp1OU

これは一見すると単純な楽想ですが、何故か味わい深い不思議な魅力のあるシャンソンです。この時代に特有な音階が魔力を発揮しています。

第一節の歌詞の内容は、

優しく上品で美しいわが奥方よ

あなたに会いたいと思う気持ちが

いつまでもやはり蘇ってくる

そうなるとどうしてももう一度

あなたの声が聞きたいと思うのだ
(今谷和徳氏の訳による)

  • 2012/03/25(日) 22:11:20 |
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ムクドリが歌えた旋律 - 改訂版

浅田選手は日本中のみんなが応援していると思いますよ。
調子が早く安定するといいですね。
しかし、安藤選手も鈴木選手も、すごくうまくなってきているので大変でしょう。
みんな、本当にがんばっていますね。

K.453 の3楽章は、飼っていたムクドリが歌えた旋律とかで有名ですね。だから、「悩んだりするのがアホらしくなる」のでしょう?
***** 失礼しました。
ムクドリのイメージが強い曲だったので!
モーツァルト・ファンはこの旋律を聴くと、モーツァルトが飼っていた鳥の鳴き声を想像すると思います。

マネはいい絵を描いていますね。(彼は絵の勉強に、かなりのお金を費やしたらしいですよ。びっくりするくらいの金額がある本に載っていました。)

ダ・ヴィンチの 『聖アンナと聖母子、幼児の洗礼者ヨハネ』 と 『イザベラ・デステの肖像』 には、全く脱帽します。
mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-26.html
mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-32.html

リゲティはたくさん聴きましたよ。ピアノ練習曲の1番が特に好きでした。
「2001年宇宙の旅」の映画でもレクイエムなんかが使われたでしょう。

フランク・マルタンも聴きやすくて好きでしたよ。「ゴルゴタ」を何回も聴いたのを覚えています。

いろいろといい曲を聴いているんですね。
シュニトケのタンゴはいいと思いましたか?

  • 2012/03/24(土) 21:22:59 |
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>ユン・イサン、ベリオ、クセナキス、ルトスワフスキ以降の作品はぴんときません、残念ながら。いいのがあったら教えてください。

博学なmirusekai様に私が薦めるようなものがあるかなあ?
私が聴いているものはほとんどご存知かもしれませんが。。。

リゲティの音楽はいかが?
Ligeti Atmospheres
http://www.youtube.com/watch?v=fXh07JJeA28

これは音響アナりーゼ付きの動画で、何回聴いても楽しいです。

これは「音楽」ではなく「音」じゃないか、との批判があるようですね。

でも、コスモ的大空間の中に霧や靄が揺らめくような不思議な魅力を感じます。

大管弦楽の為の「Lotano」はグラデーション的色彩の美しさがありますね。

リゲティ以外ではフランク・マルタンの音楽が好きです。

「7つの管楽器、ティンパニ、打楽器と弦楽器の為の協奏曲」や「小協奏交響曲」など。こちらは線的な透明感があります。

  • 2012/03/24(土) 20:03:52 |
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浅田真央選手

「浅田真央」を『見る世界』のブログ内検索したら、ポル・ウナ・カベサ動画集以外に3つの記事が出てきました。

仮面舞踏会
mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-793.html
浅田真央画像集
mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-861.html
ラフマニノフの鐘
mirusekai.blog35.fc2.com/blog-entry-860.html

シュニトケは有名な作曲家ですよ。私はユン・イサン、ベリオ、クセナキス、ルトスワフスキ以降の作品はぴんときません、残念ながら。いいのがあったら教えてください。

  • 2012/03/23(金) 23:12:35 |
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真央タンゴ^^

こんばんは。

おお、浅田真央選手のも入っていますね(^^♪

彼女のフットワークの軽やかさは抜群です。

フィギュアスケートを見ることはあるのですか?

浅田選手は前期はシュニトケのタンゴを演じていました。

私はそれで初めて知ったのですが、シュニトケはドイツ系のロシア人音楽家なんですね。現代音楽の(^。^;)

今月末には世界フィギュア選手権があります。浅田選手は3回目の女王を目指しています。
ちなみに、ショートプログラムではリムスキー・コルサコフの「シェヘラザード」、フリースケーティングではリストの「愛の夢」で演じます。

ご存知のようにフィギュアスケートではクラシック音楽がよく使われますので、私のようにフィギュアファン=クラシックファンが多いです。

  • 2012/03/23(金) 22:51:18 |
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